不意の出張で京都に着いた。
ホテルに入る前に、まずは腹ごしらえをと
近所の寿司屋ののれんをくぐった。
何気ない仕草といい、勿論包丁さばきといい
年季の入ったにぎりには空腹をさし引いても
文句をはさむ筋合いはないのだが
それにしても愛想のないオヤジだ。
気合いの入らない声で “おいでやす” と
言ってから、店を出るまで一言もしゃべらない。
そういえば “京都のお土産ラベルだけ、
京都の親切うわべだけ” と誰かが言っていた。
お金を払って外に出た。
みぞれが激しく降ってきた。
衿を立ててホテルに急ぐ私をさっきの
オヤジが追ってきた。古くても破れては
いないから傘をさしていけという。
安物だから返さなくてもいい、という。

何というオヤジだ。
言うだけ言うと照れ臭そうに駆けて行った。
世の中には妙な奴がいるもんだ。
今度京都に来る時には奥嵯峨のまゆ村で
顔中口にして笑っている蛙のモビールでも
買っていってやろう。あの無愛想な店の
ネタケースの上にでもぶら下げてやろう。
冷たく重いみぞれの中をしっくりこない思いに戸惑いながら
“京都の不親切もうわべだけ” と自戒の念を込めてつぶやいた。
寿司屋に蛙を

       ― 笑顔の助っ人 ―
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