表 紙
イギリス暮らしが長過ぎたせいか微妙な行き違い・思い違いに
イライラしていた私も、最近では日本に滞在するイギリス人を
外人さんとして認識出来るほどに日本人らしくなってきています。
勿論、それは私が個人的には知らない、あかの他人のイギリス人
についてのことではあるのですが・・・・。
実は今日、あかの他人とは呼べないイギリス人がやってきて今も
私の家の一室に休んでいるのか、それとも私と同様に眠れずに
いるのか、とにかく同じ屋根の下にいるのです。
家族ぐるみで仲良しだったイギリス人の女の子が私と同様見事な
おばさんになって20年ぶりで目の前に現れたのです。
ほんの数分間ぎこちないやりとりをかわしてからは、出迎えた
京都駅でもわが家の応接間でも、お互いレディーにあるまじき
はしゃぎようでした。イギリスを去る日に交換した記念のブローチ
を見せ合って、あの先生やあのいじめっ子の話に笑いころげ、
思いっきりはめをはずしておしゃべりしました。
“おやすみ”を言ってから、バスルームに向かう彼女の背中が踊って
いました。私はといえばひとりこの部屋でふぬけのように、心地よい
再会の余韻に身を委ねています。ビクトリア朝時代の家具を置き
ハイランド地方の牧場をイメージして羊のモビールをぶら下げたり
しているイギリス生まれの日本人の40年近い人生で、こんなに
充実した夜はなかったような気がしています。
冷たい強風と重い雲、なだらかな凹凸を見せて広がる草原と
板石を敷きつめた坂道に漏れる明かりの暖かさ、私の思い出の
故郷は疑いようもないほどにスコットランドでした。少なくとも私の
親友は疑いもなく、今夜わが家に眠るイギリス人の彼女でした。
明日からの1週間、私は総ての予定をキャンセルするつもりです。
同じ思い出につながるかわいいブローチをつけて私の好きな道を
歩き、私の好きなお店で食事をし、私の好きな日本人に私の親友を
紹介するつもりです。禅でも歌舞伎でも芸者でもない本当の日本の
素晴らしさを見せてあげるつもりです。
ついつい度を過ごしたオンザロックのスコッチウィスキーが夜明けの風を
入れるため窓を開けに立つ私の足をふらつかせました。
モビールの羊も私と一緒に揺れていました。複雑にからみ合う綿毛
の向こうには、今は唯ひたすらに美しいネイティブランドの風景が
比叡山に連なる東山の稜線に重なって、私の心を締めつけていました。
蘇るスコットランド

― 羊は本国の客を迎えた ―
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