岸辺の宿の 明るすぎない窓にさしかかる梢にも
清滝川のせせらぎには 少し大き過ぎる岩陰にも
上流に向かって屏風のように切り立つ星明かりの山肌にも
雨あがりの蛍は ひときわ鮮やかに涼しげでした
いつかテレビで観た群舞・乱舞 というのではないだけに
むしろ一ッ一ッの光が 貴重で神秘的で愛しくて
胸に沁み入る思いでした。
      蘆花も晶子も逗留したという清滝に宿をとるとは
      我が社の幹事も まんざらではない 等と ひそかに期待していた
      社内旅行の最後の一日は 単調な瀬音のBGMにのって
      これ又 実に単調なカーブを描いて光る蛍の故か
      まるで 日常とは無関係な 異次元の世界にタイムスリップしたかのように
      時間も 空間も 人間関係も でたらめに切断され
      つなぎ合わされ 今私が寄りかかる小さな橋と
      目の前の蛍だけが本物で 同僚の動作やざわめき等
      本当に そうなのか どうかも はっきりしない 全く不思議で
      不可解な夜でした
疲れていたのでしょうか
それとも 楽しかった京都への
去りがたい想いの故なのでしょうか
 

        もしかして
        出来るだけ考えないようにしてきた
        許されぬ恋の相手への
        断ちがたい未練の為せるわざなのでしょうか




そういえば ほら あそこに今舞い上がる蛍は姿を変えた私
     急流も漆黒の闇も 恐れるものは何もない
     愛する相手を信じ 己を信じて 清滝の夜に舞う
     蛍 舞え舞え 悲しい蛍 私の分も舞え舞え蛍…
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