今、幕を開けたばかりの舞台のように、夕刻の祇園町は静かな
ざわめきと、はなやぎの兆しに満ちていた。
すだれ越しに白川が流れ、職人風の男が急ぎ足で角を曲がったか
と思うと、その角から子連れの粋なお姐さんが現れたりして
見たこともない、明治・大正をほうふつとさせる趣であった。
この座敷に来るのは初めてだった。
昔、芸妓で出ていたという今は八坂の塔の下で、おそうざいの
店を開いている知り合いのおばさんの娘さんが、晴れの
舞妓デビューをはたしたとかで、最近私の近辺は
にわかに祇園町と近しくなった。卒業して東京に行けば
京都の話題が出た時の話の種くらいにはなるだろうと
親父は私を連れてきた。
“こんばんは” “おおきに” と声がして芸妓さんと舞妓さんが入ってきた。
びんつけ油に白粉の匂いが流れ、祇園言葉がいきかった。
“頼まれてたヤツ、買うてきたったデ” と親父は繭人形屋の紙袋を指さした。
モビールを受取る舞妓さんの指が手渡す私の指に重なった。
伊豆の踊子をふと思う、京都の夏の夜だった。
祇園町有情

       ― 夏の夜の夢 ―
表 紙
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