嵯峨野は大宮人の遊猟地であり、古典文学揺籃の地であり、貴人佳人の
隠棲地であり、時の権力者の別荘地であり、庶民信仰の念仏道場であり、
葬送地であり、愛宕参りを兼ねた物見遊山の行楽地でもありました。
政治・経済・文学・宗教等々、あらゆる時代の、あらゆる分野で、あらゆる階層
に係わる日本史の舞台であり続けてきました。
その奥まった化野の丘の上に、緑に埋もれてまゆ村があります。
まゆ村が繭の店であるのは当然ですが、視点を変えて見れば森の店であり
椅子の店であり、モビールの店であり、言葉の店であり、親戚の店でもあります。
短歌とメッセージに託す嵯峨野めぐりの思い出、モビールは繭の軽さを生かした
三次元の童画、古くからの友人・知人のように、しばらくご無沙汰していた親戚どうし
のように、親しく話し合える触れ合いの店、ロマンチックでメルヘンチックで何故か
ノスタルヂックな日本の故郷を愛する旅人達の、休憩所であり続けたいと思っています。
表紙